「ダウ暴落、1ドル=65円時代が来る」と読まない理由

日ごろから評論家のダメ記事には辟易しているが、

これはいくらなんでも、おかしいだろうと言うことになる。

 

最初に断っておくが、俺自身が1ドル65円になることはないと

予測しているわけじゃない。

そういうことは、あるかもしれないし、無いかもしれない。

 

俺が、問題視しているのは

PERというのは、単に人気の基準でしかなく

株価というものを、PERで考えれることは間違っていて

PBRによって判断するべき

という著者の考えそのものである。

 

いまさら、いうまでもないが、

PERというのは企業が得られる収益のことであり

PBRというのは資産の価値である。

 

今ここに、毎年変動はあるもの

この十年くらいの間、1年間にだいたい1万ドルが湧き出してくる

金の湧き出す魔法の壺があったとする。

壺そのものの骨董品としての価値は、おそらく100ドルくらいのものである。

何故、金が湧き出してくるのかは

おそらく、この壺に住み着いている妖精達が一生懸命に働いて

稼いでいるのだろうか。

さて、あなたなら、この壺をいくらで買うか

という問題である。

 

PERで買う人は、

おそらく、この先の十年も同じくらいの金が湧き出してくると

予想できるとすれば、それは1万ドル×10で10万ドルで

この壺を買ってもいいと判断するのではないか。

なぜなら、この予想が正しければ、

この壺は、10年で元が取れるので

11年目以降は、何もしなくてもお金が入ってくるだろうからである。

別に人気投票でもなんでもない

単なる数の計算である。

これに対して

PBRでこの壺を買う人は

この壺から湧き出してくる金のことは考えずに

単純に、この壺の骨董品としての価値である100ドルが妥当価格だと考える人である。

実際にオークションに出してみれば、

結果は出るものである。

 

株価の決定にPERを考えないということは

企業収益を考慮しないと言うことだから

そもそも、株式を買うということの意味があるのかということになるだろう。

PBRだけをみて、株を買うということがあったとしたら

企業と言うものを、その企業が所持している

不動産や現金や債権でしか、その価値をみていない。

たとえば、その企業の所持する不動産が、この先値上がりするだろうなどという場合はあるかもしれないが、

より一般的な場合として

企業が、金と労働力を用いて

生み出してくる付加価値というものに

まったく目を向けないというのは、不自然すぎる行為である。

現実問題として

企業買収においては、当然のことながら

その企業の資産だけではなく、収益性も評価されるものであるからして

株式において

PERは人気投票で、指標として意味がないなどということは

俺的には有り得ない。

 

その著者の論法としては

そもそも、現在の株価がPBRで見たときに

高すぎるから、いずれは暴落して、ダウは10000ドルを割り込み

その道連れとして、65円の円高になる

ということらしいが、

インターネットの時代には、大きな資産など持たなくても

収益をもたらす事業は展開機能であるからして

まったくに時代錯誤的なストーリーにしかみえない。

 

それよりも、おそらくこの人は

現在の株価を高いと信じていて

株価が高いことが、気に入らないだけなのではないか

と俺は思う。

日本人の中には、残念なことにそのような人が多い

自分の給料が増えないことには

景気は悪いと言い続ける人たちが

俺は好きにはなれない。

俺だったら、ポストに投函される

出前のチラシが、白黒からカラーに変わった時に

ああ、世間では景気は良いのだな

と思うものだ。

その点が、この著者と俺との根本的な違いになる。

 

現在のダウのPERが20前後だから、通常のレンジであり

バブルレベルのPER=50を想定すると、

ダウが60000を超えてきたときには、さすがに50年先の収益まで飲み込んでいることになるから

筆者の論法でも頷けることになる。

ただ、今はまだその状況ではない。

そして、もしも、この先、株価が下げるとしても、

それはPERが高すぎるからなどという理由ではなく、

そもそも、その前提となっている収益そのものが得られなくなるような事態が訪れた場合と言うことになると思う。

投稿者プロフィール

是空
元帥院特任教督
アマテラス・ラキの養子

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