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元帥院特任教督 アマテラス・ラキの養子

1000年国債を発行せよ

こんにちわ

元気かな。

今日は、日本の将来について語っておこうと思う。

というのも、

編集部が出した最近の動画に

というのがあるが、

俺は、N国党については、いまのところ特に興味もないのでここでは言わない。

ただ、気になったのは、その後半部分にある

「日本はこの先10数年間繁栄する」

のくだりである。

最近は、多くの専門家も、評論家でも

あるいは、一般人でも、

「日本の将来は暗い」

ということが一つの定説になっている。

 

彼らの主張の多くは、

「少子化による労働力の減少」

「高齢化による社会保障費の増大」

この2点に集約されている。

これらについては、

俺も、その通りだと思うし、

そのような懸念があることは否定しない。

しかし、これらにも増して、

大きなリスク要因になっているものは

自らはまったく努力する気が無い人が、

自分の無能さを隠すために、

「日本の将来は暗い」

「日本は終わっている」

「日本は詰んでいる」

などと、騙くらかそうとしていることだ。

たとえば、身近なFXトレードを例にすれば、

自分のトレードを振り返ることをせずに

「FXなんかではどうせ勝てないよ」≡「日本はどうせ終わっている」

というような一般原理の下に

自らの無能と怠惰を隠ぺいしてしまう便法になる。

最近よく見かける

自己責任に対する拒絶反応も

似たような思想に基づくと考えられるが

俺の考えるところは

自由と責任は表裏一体であるということだ。

だから

「責任を問われない」というのであれば、

「自由もまた無い」

ということになる。

この話題については、また別の時に進めようと思うが、

いつの場合にも、見解の相違というものは

当然存在するものであるからして

そのことについては、言うまでもないことなのである。

 

さて、カズオ・ラキ氏によれば

おそらく多くの人がそう思わない

「この先10数年間において、日本の将来は明るい」

を主張しているという件になるが、

俺としても

さすがに、何もしないで手をこまねいていては

良い結果はもたらさないことは明らかであると思う。

では、どのようにしたら

日本の将来を明るくできるのか

という話になるのだろう。

さきほどあげた課題点は

「少子化による労働力の減少」

「高齢化による社会保障費の増大」

の二つであり

それぞれに解決策というのがあるのであるが、

少子化への対策としては

現在、政府が進めている

少子化対策=男女共同参画

というやり方は、根本的にというか、180度方向が間違っているもので、

すくなくとも、現政府が進める

男女共同参画推進は、少子化を防止するどころか

むしろ、少子化を促進する政策になっている。

実は、この問題こそ、自己責任を抑制すべき課題であり

自己責任を抑制するとは、

すなわち、個人の自由を抑制すべきなのである。

まあ、極論すれば、

政府が、誰と誰と結婚するかをすべて決めてしまえばいいことになる。

ただ、俺自身もそのような極端な政策を薦めているわけではない。

これはただ、自由と責任が表裏一体であるという

理念的側面を、あえて見えやすい形で示したに過ぎない。

といったところで

少子化対策の具体については、長くなるので

別の機会に譲り、

ここでは、

「高齢化による社会保障費の増大」

についてのみ、対策を示すことにする。

 

現在の国の歳出は、だいたい1年に100兆円くらいで

その1/3が社会保障費になっている。

それは、年間30兆円だけで、社会保障がすべて賄えるわけでなく

実際の給付費のトータルは120兆円くらいということだろうか。

この先、いったいいくら金が不足するのか

という点に関していえば、

などを見た感じでは、

団塊の世代がフルに年金生活者となる、この先、20~30年で考えると

年間30~40兆円位みておけばいいんじゃないかと思う。

だから、その不足分を消費税で賄おうなんて

土台が無理な話である。

消費税の税収総額は20兆を切る程度であるから、

もしも、消費税だけで穴埋めしようとすれば、

税率は30%程度は必要になるだろう。

しかし、それをやれば、景気は失速し

株価が下落する。株価が下落すれば、年金の運転も倒産状態になるので、この選択肢は採れない。

というところで、

多くの評論家は、残念なことにここで思考停止状態に陥ってしまう。

この手の人たちは、おそらく

株やFXをやっても、同様なのだろう。

 

じゃどうすればいいのか。

俺が総理大臣なら

さっさと、超長期国債である「1000年国債」を大量発行するね。

これで何も問題はない。

財政の裏付け無く、赤字国債を発行したら、大変なことになる

という奴らがいるが

俺の見たところ、そんな話には決してならない。

考えてもみろ、

もともと、貨幣は紙幣ではなく、

ゴールドであり、その後に、ゴールドと交換できる兌換紙幣となった。

じゃ、ゴールドのどこに

貨幣としての特質が備わっているのだろうか。

金は、物理的には79番目の元素でしかない。

それに価値があると思っているのは

ただ単に、人々の心かそう思っているからだけに過ぎない。

昨今の暗号通貨ブームも、その点にフォーカスしたものであろう。

そして、

財政の裏付け無く、赤字国債を発行したら

ハイパーインフレーションになると騒ぐ人たちがいる。

たしかに、

日々の生活に困るような多くの人たちに

多額の金を配りでもしたら、需要が一気に増えて、インフレになる。

だから、極貧国で、政府が紙幣を刷りまくると

たいていが、ハイパーインフレになる。

しかし、

今回の場合、社会保障の実態は年金や医療であり

これは、いままで生活していた人が、現役時代の6割くらいのスケールでの生活を持続させるためのもの。

突然に需要が増えるわけではない。

ここが肝心なポイントになる。

つまり、年金を配るために、赤字国債を発行していも、インフレにはならない。なぜなら、年金によって、人々は、現役時代よりも、かなり劣る生活を維持できるだけであり、日本国内の総需要が増えるわけではないのだから。

ということで、老人のための年金支給のための、赤字国債であれば、いくら発行しても問題ないのである。

ただ、その年金額が本人の現役時代よりも、大きかったり、あるいは、日本の人口が増加に転じた場合には、需要増によりインフレを招く心配があるが、現在は、その逆が問題になっているわけだから、特段の心配が、ないのである。

もしも、今、ただちに、人口が増加に転じたとしても、労働人口と非労働人口の比率が安定状態に落ち着くまでに、最低でも20~30年はかかるのである。

仮に、団塊の世代の年休受給が収束するまで

あと30年かかるとすれば、

その間は、超長期国債、1000年国債を発行することになる。

発行額の総額は、1000兆円くらいになると思うが。

1000年で償還するわけだから、年間返済額1兆円のローンであり

ローンの審査は簡単にパスすることができる。楽勝である。

少し歳出を抑えれば、

1000年ではなく、100年国債でもいけるだろう。

仮に、借金が10倍多くて、1京円でも、

年間返済額10兆円でこれもなんとかなるでしょう。

この1000年国債の主な買い手は日銀になると思うが、

買い手が日銀の場合には、無利息にするという法律を作っておけば良いことである。

 

償還期限1000年というのは、

ローンの期間が長すぎるという批判もあるかもしれないが、

普通のサラリーマンでも

住宅ローンは35年である。

サラリーマンの勤続は35年くらいであろうから、

勤続年数=ローン期間

は妥当なところなのである。

国家の場合は、日本の歴史はすでに2000年あるといわれているのから

あと、1000年くらいは続くと考えても特に問題はなかろう。

ということで、社会保障費の不足分は

消費税ではなく

1000年国債によってローンで賄うのが正解なのである。

 

今回、話したように

少なくとも、

老人に支払う年金が足りなくて

日本が終わってしまうことはない。

ただ、今回のこの方法は、

若い人に金をばらまくという目的で、使ってしまった場合には

需要の純増をもたらすことになるから

単なるモラルハザードを生ずるリスクだけでなく

結果的に、ハイパーインフレーションをもたらすリスクを生ずることに留意する必要がある。

あくまでも、その人の若い時代の経済行為によって、

社会に創出された需要に見合う額の年金を支払うのであれば

総需要の押上にはつながらないので問題なしということである。

また、年金額が、その人の現役時代の実績ベースで算出されるものであれば

モラルハザードを生じさせる危険を伴わない。

だからといって、この政策が

若い世代に対して、好影響がないのかと訊かれれば

そんなことはない。

日本の年金が破綻することなく継続することへの

信頼と保証が得られること。

ここが重要なポイントである。

少なくとも、老後に対して、過度なまでの心配をしなくても良い

という意味においては

若い世代の心理的な負担を軽減し

人生を計画的に進められる面で、経済的にも波及効果は絶大なのである。

 

以上の点については、

そろそろ政府も気が付くはずのところであり

今後は、世界的に超長期国債の発行が一つのトレンドになるであろうことは間違いのないところである。

 

「デジタル人民元」で中国は世界のビッグブラザーになりません。

さてと、

今日は、手短にしようと思うが、

この2つの記事について、ちょっと感想を述べておこうと思う。

まあ、端的にいってしまえば、二つとも一緒なんだが。

 

最初の記事は

「デジタル人民元」で中国は世界のビッグブラザーになる?

というタイトルで、最後に、クエッションがついているからには

著者の自信のなさが浮かび上がっているが、

俺的には、

中国が、「デジタル人民元」を発行したところで

世界のビッグブラザーになるかどうかとはあまり関係ないと思う。

米ドルが対抗したいのであれば、

単純に、「デジタル米ドル」を出せばよいだけのことだから。

この人は、他の記事で

「アメリカが経済戦争の最強武器を捨てようとしている『愚かな事態』」で、「リブラ潰しで1番喜んだのは中国だろう」と述べた。

これまためちゃくちゃ的外れだと思うが、この件は、また別の時に書くかもしれない。

さて、元の記事に戻り

かなり意味不明な記事だと思うところであるが、

第3章というまとめの部分で、「世界のビッグブラザーに」以降のパートは

完全に支離滅裂で意味が分からない。

 

この人の主張の第一を、書かれている通りに引用すると

「中央銀行が発行する仮想通貨の場合には、アドレスと本人の結びつけを厳密に確認することになるだろう。」

という点にある。

それは特に問題ではないだろう、単純に仮想通貨の利用を義務付けなければ良いだけのことだ。

発行すること自体が悪であるとするのであれば、現状のビットコインも悪ということになる。

著者の主張では、

「西側諸国では、この問題があるために、中央銀行の仮想通貨を導入することができない。影響が大きすぎるからだ。」

とあるが、それは問題点の一側面にすぎず、問題点の本質ではない。「影響が大きさすぎる」事由は他の点にある。この人にとって、通貨というのは単なる決済手段でしかないように見えるが、それだけではないことを見落としていないだろうか。その点について、多くの「仮想通貨」信者の方が忘れていることが多いことなのであるが、ここでは割愛する。

 

この人の主張の第二点は

「しかし、中国の場合には、これがさほど深刻な問題とは考えられていない。」

ということであり、要するに、中国は、国家統制の下では、そもそもプライバーの観念が無く、アドレスと本人の結びつけを厳密に確認することを是とする国であるから、デジタル人民元を発行することが可能であるとしている。

ここで一つ付け加えておくとすれば、この人の記事では、VHSとβの古い話が記載されているが、そもそも通貨というのものは商品ではないので、自由貿易の対象外であることを忘れてはいけない。

だからこそ、日本国内では、最強国家の通貨である米ドルではなく、日本円の流通が認められているのではないか。

ともかく、この人の主張では、中国が発行する暗号通貨は、プロファイリングされてしまう懸念があるとしている。

「仮想通貨を利用する全ての人々が、国籍を問わずプロファイリングの対象になりうるからだ。」

と記載しているが、それを分かっていていったい誰が使うというのかという点については、以下のように示されている。

「世界には、ベネズエラなど、激しいインフレのために経済が破綻しかかっている国がある。これらの国の国民にとっては、デジタル人民元のほうが遥かに安定した価値保存手段になる。」

と著者がいうからには、先進国では、デジタル人民元では役不足であることを認めているようにも見える。

 

結局この著者の言いたいことは、「中央銀行が発行する暗号通貨の場合には、マネーロンダリングを防止する観点から、プライバシーの保護は難しい。ただし、中国には、そもそもプライバシー保護という観点は欠落しているので、プライバシーの保護機能のない暗号通貨を発行できてしまう。」ということなのだと思う。

しかし、この点について、米国が対抗手段を採りたいのであれば、単純に中国と同じタイプのデジタル米ドルを発行すれば済むだけである。先進国の国民は、プライバシーが保護されていないデジタル米ドルを用いることはないが、同時に、中国が発行するデジタル人民元も用いないので競争的には問題なしである。

結局、プライバシー保護機能のないこれらの通貨を使うのは、自国の通貨は信用できないような国の人たちだけということになるだろう。その人たちが、デジタル米ドルを選ぶか、デジタル人民元を選ぶかという次元の話であり、この戦いの帰趨は、デジタル人民元の発行そのものとは何ら関係が無い。

 

専門家といっても、

所詮は、この程度のものなのかもしれない。

ということで2つ目の記事の件に行く前に終了します。

 

 

 

 

 

日経平均は年末24000を目指す

いやー、このところカエサルさん絶好調だね。

週足予測チャートが3週連続でビンゴですか。

この調子で、今週大陽線になったら、4週連続ということになってしまう可能性が浮上しています。

ちなみに、この3週連続というのは

毎週末に、翌週の予測をして、それが的中したという話ではなくて

あらかじめ、3週先までを予測してところが

この人の恐るべき点であるわけです。

ある程度、為替をやっている人なら、わかるでしょ。

もしも、4週連続ビンゴになりましたら

俺も教督職を譲らなくてはいけませんかね。

もちろん、いつでもお譲りいたしますが。

 

ところで、今日は、日経平均の話になります。

年の初めに、個人的な予測として、22000というのを書いていたわけだから、

これって、今になってみると、中途半端なところだったかも。

ニトリの社長さんを意識しすぎた感はあります。

これから、年末にかけて、大きなパニックが起きて、

19000割れを起こすかどうかというところですが、

どうもそれがないということであれば、

このまま22000台でうろうろするというシナリオは座りが悪い。

ということで、

年末にかけては、もう少し

ダイナミックな動きになるべきところだと思う。

 

と思っていたら

さきほど、元帥院に姉さんが24000と記載したところなので

俺もこれを支持する。

とりあえずは、少し控えめに

23800あたりとしてしてみるか。

まあ、大事な姉だからね。

というよりかは、あの人ふつうじゃないんで。

 

アナリストさんたちのご意見もいろいろだが

たとえばこれ

 

このタイプのアナリストさんの根底にあるものは

とにかく、現在は景気が悪いのに

株価がバブルになっているから

近いうちに、大暴落が来るであろうというシナリオだ。

まあ、なんだろうね。

俺的には、これって

ノストラダムスの大予言と同レベルの噛ませ記事だと思っている。

 

その理由としては

まず第一に、「現在の景気が悪い」

というようなことを、ずっと何年も言い続けていることにあるのだが。

彼らの景気の基準は

バブル時代というごく稀な時代を基準にしているので

実際のところ、足元の経済がどうなろうが、

現在は好景気だという認識になりようがないわけだ。

悲しいかな、これがアナリストさんの現実なわけ。

 

第二点として

少し、株価が上がってくると

すぐにでてくるのが、バブルだという指摘になる。

「現在の株価はバブルだ」

というやつに限って

景気の判断基準をバブル時代においているという大いなる矛盾をもっている。

おそらく、何も勉強しなくても、何も能力改善をしなくても

黙っていれば、偉くなり、金も増えて

そんな時代が楽でよかったと心から憧れているくせに

いざ、株価が上げてくれば、「バブルだから逃げろ」

という思考になるわけではある。

くだらない。

 

歴史的にみれば、平成のバブルの最盛期の株価はPER80を超えていた。

これに対して、現在は、PER12であり

これを実体経済からかけ離れたバブルと称するには、笑ってしまう水準なのである。

10月21日時点で日経平均のEPSがだいたい1772であるからして

もしも、PER80というのが許されるのであれば、

日経平均は140000ということになる。

そして、

このEPS 1772という数値は

為替が比較的に円高である105~110のレンジで醸成された水準なのであり

もしも、この先、カエサル波動にしたがって、

110円超まで円安が進展するとすれば

EPSは2000をうかがう状況になりえるということは

容易に推測できる。

EPSが上げること自体は、決してバブルではない。

それは、実際に、企業が利益を上げていることを意味しているわけだから。

何も恐れることはないだろう。

 

で、現EPS1772で

バブルとかではなく、標準的な水準とされるPER15で

株価を算出してみると

日経平均26580

という数値がたたき出される。

現在の株価かが22500付近で低迷している理由としては

米中問題やイギリスの離脱問題などの

リスク要因としての

一種の負のバブルという状態になっているだけのことだ。

上記した理論株価26580と実現株価22500との乖離は大きく

それだけ、ネガティブなファクターは相当程度に織り込まれてしまっていると考えるのが自然だろう。

だから、少しくらい悪いことが起きても

もうそんなに下がらない展開が続いてきたのであり

逆に、これらの要因が多少なりとも緩和される方向に動けば

日経平均24000なんてものは

いとも簡単に示現することは、言うまでもない結論ということができる。

 

「手取り14万円」でも何も終わらない

巷の噂では

勤続12年で手取りが14万円だと

日本は終わってしまう

ということらしい

 

>アラフォーの会社員です。
>主は手取り14万円です…
>都内のメーカー勤続12年で役職も付いていますが、
>この給料です…
>何も贅沢出来ない生活
>日本終わってますよね?

俺にとってはかなり謎の多い発言ではある。

というのも、この人の手取りの金額と

日本が終わるということの関係性が良くわからない。

いくつかの仮定の下に思考を進めると

国が終わるということは、国家に納める税金の金額のことを意味しているのか。

例えば、自分の手取りが想定よりも少ないとして

それは、国に納める税金も、想定以下なのだから

国家の税収も足りなくて、国家が破たんするということなのか。

そこを心配しての発言と見ることもできる。

しかし、2018年度の税収を調べてみると

「税収、最高の60兆円超 バブル期から消費税は4倍弱に」

 

ということで、特に心配する状況ではない。

もちろん、社会保障費などはかさんでいるので

日本国の会計は火の車であるのだろうが、

それについては、この人の手取り額とは直接には関係しないだろう。

つまり、この側面からみれば、

日本が終わっていることの根拠にはならない。

 

ここで

「勤続12年で手取りが14万円」

というのを、どうゆう思いで書かれたのかは

計り知れない部分があるものの

さすがに、何の努力もなしに

ただ黙って働いているだけで

どんどん給料が増えていくような状況を期待しているのだとしたら

あまりも甘すぎると思うが、

さすがにそういう意図ではないのだとは思う。

そもそも、労働に対する報酬というのは

産みだした付加価値から生じてくるものだから

同じことをずっと何年もしていたとしたら

それは、給料もずっと同じ額と考える方が自然だと俺は思う。

この点はかなり自信があるのだが

もしかしたら、違うのだろうか。

しかし、俺の論理に深刻な穴が無かったとして

万が一、この程度のことも認識できないということであれば

それは、日本の教育の問題であり

その点では、日本は終わっているのかどうかはともかく

経済というものに関する基礎教育の重要性について

再認識する必要はあると思う。

 

さて、この記事に対して

堀江貴文さんというという方が、

「「お前」がおわってんだよwww」と引用リツイートで発言し、物議を醸しているらしい。

 

「「お前」がおわってんだよwww」

というのは何とも凄まじい発言ではあるが、

俺的には、別にこの人が終わっているとも思わない。

俺的には、日本も含めて、誰も終わってはいないのである。

ここにあるような「どんな低賃金でクソみたいな仕事でも、誰かが絶対にやらなければ回らないのが今の社会」

という意見に関してだが、

では、最初に、「勤続12年で手取りが14万円」と発言した人は

仮に、手取りが14万円が低賃金であると仮定するとして

低賃金な仕事だと知りながら、社会のために自ら引き受けようとその責任感からのこの仕事を自ら選択していたのだろうか。

職業選択の自由は、この国では保証されているのだから

その意味では、この国が終わっていることにはならない。

そして、その場合には、

この人は、他の仕事を選択することもできる立場なのに

あえて、社会のために、その仕事を引き受けたのだとしたら

この人の意志によって、もっと手取りの高い職業に就くことも可能であるわけである。

その意味では、堀江貴文さんの言われる

「「お前」がおわってんだよwww」

は的外れということになる。

 

俺的には

おそらく堀江貴文さんは

世の中には、

もっと手取りも良い仕事もあるわけだから

現状に不満があるのであれば(なければ前述のように話は別として)、

スキルを付けるなり、転職するなりして

状況を改善することはいくらでもできる

というようなことを言いたかったのではないのかと思う。

それは正論だと思う。

しかし、

もしそうなのであれば、俺的には

「「お前」がおわってんだよwww」

ではなく、

「「お前」は終わっていないwww」

何故なら、お前の行動と努力によって

お前の道は大きく広がっているということを

堀江貴文さんはむしろ言いたかったのだから

ということになる。

 

結局のところ、

俺の見解としては、

日本が終わっているわけではないし

この人が終わっているわけでもない

ただ、現実問題として

日本には、たくさんの課題はあるし

この人もおそらく課題はあるのだと思う。

それはごくごく当然のことでしかない。

最後に、

この話題の関連で、いろいろなコメントをみていくにつけ

最近は、何やら、日本国内に貧乏人が増殖していて、その責任が社会にあるというようなご意見を耳にするが、俺としては、この意見には否定的である。以下に分かり易いデータを示しておく。

いまだに

高度経済成長やバブルの時代を基準にものをいう人たちがいるが

俺にすれば、

そのような時代こそ、異常だったのであり

能力がなくても、どんどんお金が増えていくことの方に

俺的にはモラルハザードを感じている。

平成から令和にかけては、むしろ、正常化の流れだと思う。

もうそろそろ、いい加減に一億総中流という幻想から

目覚める時だと思う。

 

「ダウ暴落、1ドル=65円時代が来る」と読まない理由

日ごろから評論家のダメ記事には辟易しているが、

これはいくらなんでも、おかしいだろうと言うことになる。

 

最初に断っておくが、俺自身が1ドル65円になることはないと

予測しているわけじゃない。

そういうことは、あるかもしれないし、無いかもしれない。

 

俺が、問題視しているのは

PERというのは、単に人気の基準でしかなく

株価というものを、PERで考えれることは間違っていて

PBRによって判断するべき

という著者の考えそのものである。

 

いまさら、いうまでもないが、

PERというのは企業が得られる収益のことであり

PBRというのは資産の価値である。

 

今ここに、毎年変動はあるもの

この十年くらいの間、1年間にだいたい1万ドルが湧き出してくる

金の湧き出す魔法の壺があったとする。

壺そのものの骨董品としての価値は、おそらく100ドルくらいのものである。

何故、金が湧き出してくるのかは

おそらく、この壺に住み着いている妖精達が一生懸命に働いて

稼いでいるのだろうか。

さて、あなたなら、この壺をいくらで買うか

という問題である。

 

PERで買う人は、

おそらく、この先の十年も同じくらいの金が湧き出してくると

予想できるとすれば、それは1万ドル×10で10万ドルで

この壺を買ってもいいと判断するのではないか。

なぜなら、この予想が正しければ、

この壺は、10年で元が取れるので

11年目以降は、何もしなくてもお金が入ってくるだろうからである。

別に人気投票でもなんでもない

単なる数の計算である。

これに対して

PBRでこの壺を買う人は

この壺から湧き出してくる金のことは考えずに

単純に、この壺の骨董品としての価値である100ドルが妥当価格だと考える人である。

実際にオークションに出してみれば、

結果は出るものである。

 

株価の決定にPERを考えないということは

企業収益を考慮しないと言うことだから

そもそも、株式を買うということの意味があるのかということになるだろう。

PBRだけをみて、株を買うということがあったとしたら

企業と言うものを、その企業が所持している

不動産や現金や債権でしか、その価値をみていない。

たとえば、その企業の所持する不動産が、この先値上がりするだろうなどという場合はあるかもしれないが、

より一般的な場合として

企業が、金と労働力を用いて

生み出してくる付加価値というものに

まったく目を向けないというのは、不自然すぎる行為である。

現実問題として

企業買収においては、当然のことながら

その企業の資産だけではなく、収益性も評価されるものであるからして

株式において

PERは人気投票で、指標として意味がないなどということは

俺的には有り得ない。

 

その著者の論法としては

そもそも、現在の株価がPBRで見たときに

高すぎるから、いずれは暴落して、ダウは10000ドルを割り込み

その道連れとして、65円の円高になる

ということらしいが、

インターネットの時代には、大きな資産など持たなくても

収益をもたらす事業は展開機能であるからして

まったくに時代錯誤的なストーリーにしかみえない。

 

それよりも、おそらくこの人は

現在の株価を高いと信じていて

株価が高いことが、気に入らないだけなのではないか

と俺は思う。

日本人の中には、残念なことにそのような人が多い

自分の給料が増えないことには

景気は悪いと言い続ける人たちが

俺は好きにはなれない。

俺だったら、ポストに投函される

出前のチラシが、白黒からカラーに変わった時に

ああ、世間では景気は良いのだな

と思うものだ。

その点が、この著者と俺との根本的な違いになる。

 

現在のダウのPERが20前後だから、通常のレンジであり

バブルレベルのPER=50を想定すると、

ダウが60000を超えてきたときには、さすがに50年先の収益まで飲み込んでいることになるから

筆者の論法でも頷けることになる。

ただ、今はまだその状況ではない。

そして、もしも、この先、株価が下げるとしても、

それはPERが高すぎるからなどという理由ではなく、

そもそも、その前提となっている収益そのものが得られなくなるような事態が訪れた場合と言うことになると思う。